今更かもしれないけど、やっぱりすごい「GARO」なのです。


GARO - 地球はメリ−ゴ−ランド


なんか、ひょんなことから久しぶりにガロの楽曲を聴いてみたんだけど、クオリティ高いですよね。トミーのボーカルが素敵ですし、このコード進行にアンサンブル。まさにニッポンのソフトロック開闢期の金字塔だ。


彼らの楽曲で有名なのって言うと、10人中9人が「学生街の喫茶店」と答えるだろう。
確かにヒットメイクしたのはその曲だが、実のところ、彼らのスタイルを正しくは投影してなかったと思う。そこに多くの誤解も生じたさ。


勿論、「学生街の…」も良い曲だとは思うけど、この曲のヒットは彼らを単なるフォークグループの一形態として捉えてしまう傾向を世にはびこらせてしまったのだな。
(よーく聴けば「学生街の…」もかなり食わせ物な楽曲なんですけどね。)


ともかく、私としてはとても残念至極な展開になってしまったのだ。…っと言っておきながらなんですが、本当の事を申しますと高校卒業するくらいまではガロに対しては「学生街の…」の先入観に(私も)どっぷり浸かってましてね、その為ガロをちゃんと聴こうとは思ってなかったんですわ。
つまりはあの当時は「学生街の…」はあんまり好きな曲ではなかったんだな。(今は好きですが…笑)


しかしなんということでしょう、ご多分に洩れず先輩経由で「ガロは凄いんだからちゃんと聴かなきゃバチが当たる」と教育的指導を受けましてね、そこからガロをちゃんと復習する事にしたのです。
そしたら、もうね、彼らをガロとは呼ばず、「GAROと呼ばなければなるまい!」と心を新たにするに至ったですよ。


GARO - 涙はいらない


もはや、アメリカン・ポップの雰囲気ばりばりですわ。和製CSN&Yとか言われてたが、ここまで昇華させちゃうと、もはやGAROワールドと言ってもいいでしょう。ってか、マーク・ワールドか。。
こういったポップ・ロック路線をばりばりに出来ちゃうところが凄いじゃないですか。
ここは日本なんですよ、そこをこうして日本ナイズした湿度感と哀愁で、表現しちゃったわけです。これ、ン十年前にして、中々真似できない世界感です。


ガロってば、三人ともボーカルが取れて、これまた三者三様。方向性的には一本筋が入っていたかと思うけど、それにしても強者ぞろいだった。
表向きのツラにナイーブなイメージを擦り付けたらいけませんのことなのよなのでした。。




あ、思い出した。
小学生の頃だったか中学生の頃だったか、学年のバス旅行みたいのがあって、車内で「旅のしおり」なるものが配られてね。そのしおりに「歌」が何曲も(歌詞のみ)印刷されてて、それをみんなで歌うという企画があったですよ。もちろんアカペラ状態。カラオケなんて気の効いた機材は搭載されてなかった。
で、バスガイドさんと一緒にみんなで歌うってんだ。バスガイドさん、時々ソロでアカペラっていた。凄い勇気だったね、今にして思えば。。
車内にマイクは二本くらいあってさ、それが回遊してるんだわ。怖いのなんのって。
誰も前面に出て歌おうなどとは思わなかったさ。照れる年頃でもあったしね。
その「歌」のリストに「学生街の…」があった。
「なんで?」と思ったね。
結局みんなで歌うことになったけど、盛り上がらないこと盛り上がらないこと。
あの曲はそういう「場」にはふさわしくないのだ。だりが選曲したのだ?
第一、大人の歌だぜ、あの当時の我々の世代からすれば。ボブ・ディランなんて、知ってるやつは私みたいな一部のマニアしかいないのだ。大概の同級生は精々「KISS」とか「ベイシティローラーズ」位しか知らんのだ。
ほんで、よしときゃいいのに「学生街の…」の後に立て続けに歌われたのが「いちご白書をもう一度」だった。盛り下がる盛り下がる。雰囲気思いっ切り左翼扇動状態。
無理ですって。小中学生に「もう若くないさ」なんて歌わせちゃぁいけねぇよ。
そんなこんなで「学生街の…」の曲は(ひいてはGAROの曲は)、左翼系か?という刷り込まれがなされたような気がする。
(「学生街の…」は左翼でも右翼でもないわさ。何でそういう連想が働いたんかねぇ。なんたら白書のせいかな? テンポ、似てるもんな。おっかねぇサブリミナル効果だな。)