「さなえちゃん」は本流のブルースに乗る筈だったのかもね。


古井戸 - さなえちゃん


60年代とか70年代のフォーク・ムーブメントをどうこういう人がいるけど、その中の否定的な発言の方へ、こいつを聴けって。このエネルギーは半端じゃないって。
こういうエネルギーを21世紀にも欲しいんだって!


なんで、こういうの、最近ないんだろう? そんなことを思ったりもしてしまう。
ただ会場を沸かせて盛り上がる系はいくらでもいる。
でもその次に互いに暖かさを交流できるような、そういうパフォーマンスは非常に少なくなった気がする。
自分主義みたいのが横行しているのか、それともより深いところへ心をゆだねるのを苦手としてきているのか、うーん、その辺のところは判らないんだけどね。でも、なんか、かつてと今と、同じパワフルでもパワーのタイプが異なっているのがひしひしと伝わってくるですよ。
自分、懐古趣味に走るのは嫌いなんだけどさ、こういう感覚を考えると60・70年代のに「懐古」では括れないものがあると思うんだよね。


…とは言え、チャボさん在籍の「古井戸」のこの曲、元々は、ブルース主体のチャボさんがおふざけで作った楽曲。
それが皮肉にも大ヒットになってしまったと聞きます。


どこに何が待ち構えてるかって?
人生、そんなに、計算ずくでは運ばないんですよね。。
「俺はホントはこういうのがメインなんじゃないんだよ!」と叫んだところでオーディエンスがそれを認めない限り、そうじゃない方向で進まなければならないときがあります。


そりゃ、ごくごく一部のもう既に人生何回もやれるほどのお金を持ってる人なら、好き勝手出来るでしょうけどね。大概はそうはいかないものだ。
特に、自分の趣味を職業としてしまった場合、その辛酸たるや堪らんものがあるでしょう。


ホントはロックやりたいんだけど、演歌を演奏しないと食っていけない経済的状況では、意地になってロックやりながら深夜の肉体労働をダブルで身体を酷使ってのも方法論としてはあるだろう。けど、それって若さ的な体力勝負の側面もあるしね〜。
限界は直ぐにやってきてしまうものだ。
最悪、肉体労働がメインになって、楽器持てなくなったりする場合だってあるんだぞ。


ミュージシャンって、そう考えると、本末転倒状態に置かれている人って、ほかの業界と比較したらかなり多いんじゃないかなぁ。
そんなことを思いました。切ないです。


「一曲でいい。ビッグヒットを飛ばせれば、死ぬまで食っていける!」


そんなセリフを吐く大人漫画(ホチキスで真ん中を止めている系の漫画ね)を以前、読んだことがあって、それがまぁまぁ陰気いっぱいで、『僕、将来、こうはなりたくない』と子供心に恐怖したものでした。
(子供が大人漫画読んでいること自体がよろしくないのは言うまでもありませんな)