立ち食い寿司の店に入ると、お客はOLみたいな水商売風の女性が一人だけでした。


「ウニ下さい。」
私の注文に板さんが「軍艦で?」と訊くので、「それでお願いします」と言ったら「今日はしらすの良いのが入ってますよ。どうですか?」ときた。「いいですねー。じゃそれも。」と受け応え。板さんは同じノリをOL系水商売風にも振りました。
「お客さんも如何です?しらす
穴子を下さい。」
――瞬殺ですか。



 やってきたしらすを食べてみるとこれが結構いい。春物の苦みのようなのが全く感じないし、溶けるような食感が素敵です。「板さん、これ、美味いねー。」
「ありがとうございうす。ちょっと秋物が早いんっすよ。赤貝のヒモも良いの入ってますよ。」こうくると受けない訳にはいかない。「ヒモ巻、いいですねー。下さい。」もうね、ツーカーというか、山!川!みたいなテンポ。こういうの、好きだ。
「お客さんもヒモ巻、どうですか?」板さんは再びOL風に振ってみました。
「私は鯛、お願いします。」
Oh,No―ゥ!ゴーイング・マーイウェイデスカ(かーっぺっ!)。邪悪な毒を感じるぜ。


 したら、年の頃60代後半と思しきジーンズを身に纏った男性が入ってきました。番茶を手元にセットです。
「お客さん、何か決まったら仰って下さいね、2貫ずつのご提供になりうす。」
《ズズーーッ》「・・・。」
イヤに寡黙な客だ。静かに番茶を啜りながらネタ札群を眺めてる。かなり、ゆっくりと。


OL風のマイウェイ注文がいく。
「ゲソ下さい。」
「タレはどうします?」
「サビ多めで。」
もはや通常会話も支障をきたしてる。

「地ダコ下さい。」
これは私のオーダー。
「ポンズでいきますか?」
「ポンズ似合いますか?」
「おすすめです。」
「よろしくです。」
よしっ、こっちのリズム感はばっちりだ。


 そこに、ラフな格好の20代であろう兄ちゃんが入ってきた。
「ネギトロ10貫。ビール頼んます。」
聞き間違えじゃないか?…と思ったけど、間違えてなかったらしい。やおら彼の前にどんどんネギトロが並んでいく。それを上から『ぴっぴっぴっ!』と醤油を振ってパクパク食べ始めた。堂に入ってる。すんげぇ豪快なんで見てて気分がいい。
「美味いね〜!ここのネギトロは最高だね。もう6貫ね。」…まだ食うか。



『ヒラメっ!』
とうとう沈黙の爺が口を開けた。野太く通る声、一瞬店内が凍りついた(と思う)。


…ネギトロ兄ちゃんは更に6貫のネギトロを平らげ、都合22貫食して出てった。そしたら沈黙爺がそれに続くように「おあいそ」と言って会計しちゃった。追加注文ナッシング。



板さんの目が泳いだ。
私は板さんに話したです。
「今の、凄かったですよね。」
「ネギトロ?」
「いや、ヒラメ。」
「おぉ〜。」
「やはり。」
「ネタひとつで帰られちゃうってのはちょっとねぇ。ふたつみっつなら粋ですけどね。」
「怖かったですか?」
「怖かねぇけど、不気味だったねー。」
「ですよねー。」


食レポというよりか店内観察でしたな、こりゃ。