『武田双雲×百段階段』;良かったです

100606souun.JPG 書家の武田双雲さんの個展に足を運んだ。武田双雲さんと言えば、TVでも活躍しているし、NHKの昨年の大河ドラマ天地人」のタイトルロゴや、日清のカップめん「匠」のロゴなど、いろいろなところで活躍されているのでご存知の方も多いだろう。

 双雲さんの書く「書」は、僕が今までイメージしていた「書」とは明らかに異なる景色を持っている。もっとも、小学校の卒業と共に書道教室に行かなくなってしまった私だから、そんなに大層なことは言えたものではないけれど、およそ自分の中では「書」は「フォント」の世界であって「アート」の領域ではないものと思っていた。
 それを双雲さんは、いきなり真正面からその領域をも、何もかもを、「書」に取りいれて「表現」してきた。時にデフォルトを効かせ、時に王道から表現する。漢字の成り立ちを掌握して、表意文字・表象文字ならそこへの回帰も含んでみたり、さらにもっと解釈を加えたりする。のみならず、自由な発想と共に自分のスタンスもちゃんとそこに植えつけてくるところが凄い。双雲さんの表現法は、明朝体・行書体の踏襲と極端な応用がベースにあると個人的には思ってるんだけど、それにしたって濃淡強弱が半端じゃない。

 今回の個展で一番印象に残ったのは、純白の着物の背中に大きく「夢」と書いた一枚(一着?)だった。凄い。文字の流れ、配置、曲線。書なんだけど絵なのだ。まさに芸術。釘付けになった。自分の中で何やらイメージが広がりすぎて飽和状態になった。これだけでも訪問した甲斐があったと思った。

 加えて、会場の随所に双雲さんの今までの生きてきたことや、考えていることなどが書き記されていて、彼の人生観は私の人生観のスタンスと非常に似通っている部分があることを知って、嬉しくなると共にビックリした。だって、彼、まだ若いんだもの。。
 多分、彼の流儀では、ファンも多いだろうが、敵も多いと思う。特に、旧態然とした保守派からは厳しい風が吹いているかもしれない。しかし、私は彼のアートとしての試みには非常に拍手喝さいを送りたいし、「書」のあり方は、見た人読んだ人にどれだけの「何か」を響いてもらえるかでもあるのだから、彼のアプローチはとても興味深いし、今後の活躍に大いに期待したい。




 ところで、この個展の会場となった場所は、目黒雅叙園でありました。
個人的な勉強不足で、まったく恥ずかしいことなんですが、雅叙園八芳園と椿山荘の区別がついてない私でした。
「庭園はどこですか?」と聞いたら「は?」と聞き返されたものよさ。

 まぁ、それでも、都心で「園」ともなりゃ、それなりの伝統と格式を供えた何がしであるに違いない。そう思って向かったのだが、双雲さんの個展の開催されている舞台が「百段階段」。で、これが重要文化財に指定されていて写真撮影禁止となっている。

「フラッシュやストロボが作品に悪影響を及ぼし兼ねない」などと説明している方がおられたが「それじゃ、ノンフラッシュで撮るからいいでしょ!?」と言いそうになった。・・・大丈夫、撮りませんよ(笑)。

 百段階段(随所に部屋がある)、ふむ、なるほど確かに歴史を「ずどんっ」と感じる建造物である・・・が、配色・装飾・壁画・天井画・・・どうも落ち着かない。
なんでだろう?


 個展をひととおり堪能したので、ついでにと思い、本館と思しき建物の中を徘徊することにした。そしたら、なんだかいよいよ違和感に包まれてきた。

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100606gajo03.JPG んーーー。
その、壁の絵やら、天井のナニがし・・・通路の水周りのアヤメのようなそれと、何故に着物立て掛け? 傘ムラサキ?? 彫刻??? いやぁ凄いっ!
派手さ加減に圧倒されまくった。

これで「御香」でも焚かれていたら、「ここは日本じゃない!」と感じてしまったかもしれない。そうね、シンガポールとか香港あたりの「日本様式ホテル」と銘打った建造物に闖入したと思い込んでしまったに違いないです。

そういや、はとバス、来てたっけ。
願わくばガイドさんへ、これが「典型的日本のホテル」と宣伝しませんように。
そこは、(あくまで私の個人的な見解ですが)、『異空間』でございます。

でも、また行ってみたい。

妙な魔力のようなものがある雅叙園だった(^^;